文化・芸術

2010年9月25日 (土)

続・藤原昭三の世界

前回の続きである。藤原昭三という画家はもうこの世にはいない。亡くなって10年以上も経つていようか。神戸大学出、光風会に所属する有望な画家だった。晩年は和紙と墨で大作を試み続けた。紹介するのは、1993年から95年にかけての年賀状の絵である。Huziharac003_2 Huziharab002_2 Huziharaa001_2

2010年7月25日 (日)

藤原昭三の世界

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2010年7月 3日 (土)

中西勝さんのリトグラフ「豚と星花」

説明文によれば、中西勝さんが神戸新聞平和賞を受賞した記念に制作された作品ということであるから、おそらくその祝賀会の引き出物としていただいたのではあるまいか。鉛筆によるサインには1992年という表示と「豚 星 花」という題が書きこまれている。Buta_to

2010年6月27日 (日)

故.西京芳宏の書「空」

奈良の詩人であり書家であった西京芳宏さんからいただいたもの。大阪の画廊での展覧会でか、そのあとの私の展覧会でか、この作品には「空」\25000とあるが買った覚えがないから本人からもらったものだろう。記憶は茫漠としている。西京はいい詩人だった。中村光行の「人間」に属していたが、仲たがいして退会、その後は詩を書いていただろうか。書に関して言えば、私のような「遊び」ではなくホンマの書人であった。その後まもなく死んだ。たしか奥さんから通知があった。彼の展覧会の会場は、木村三千子さんの店の2階であった。そこで和歌山の山田博さんらに会い歓談したことが思い出される。7

2010年6月20日 (日)

小松益喜さんの絵

_1_1 いろいろ整理していたら、古い絵を見つけました。小松益喜さんの「香住中町風景」と題するデッサンで、「御結婚を壽ぎて直原夫妻の為」と額の裏側に、小松益喜のサインと花押も書きこんだ紙片が貼りつけてあります。額も絵も日に焼けくすんでしまっていますが、まあ珍しいものでしょう。

2010年5月 5日 (水)

牡丹の図

今、私の部屋の床の間に季節に合わせて牡丹の絵を掛けています。もう30年ほど前になる、桂林、西安、洛陽、北京と回ったときの土産です。印刷ではありませんが、画工場ともいうべき洛陽の専門店で購ったものです。決して名のある画家が描いたというようなものではありません。買ってきて一度も広げて見ず、しまいこんでいたものを思い出して掛けてみました。あのとき、西安から洛陽へ、洛陽から北京へは夜行列車の思い出に残る旅でした。1005botanjpg_5間もなく掛け替えしますが、次は早乙女を描いた俳画の茶掛けにしようと思っています。

2010年1月10日 (日)

長谷川竜生の書

Photo_2 1990年梅田画廊に出展されていたものです。

2010年1月 9日 (土)

翔雲さんの順三郎の詩

これは村上翔雲さんの書いた西脇順三郎の詩句です。翔雲さんが順三郎の詩に熱中したのは大分前のことだと思います。なぜ私のところにこれがあったか記憶はありません。Syouun2

2010年1月 1日 (金)

村上翔雲さんの書

Photo2010年の元旦に

我が家の玄関口を入ってくると、小さな額があなたを迎えてくれます。

村上翔雲さんの作品です。字も言葉も気に入っています。

2009年3月26日 (木)

愛蔵の硯石(5)・端渓硯の各種

Photo 1~4までに紹介した硯のほかの手持ちの端渓硯です。

右上 古端渓 (15センチ×10センチ×4センチ)  右下 古端渓 (12.5センチ×7.5センチ×4センチ)  中上 77年に北京瑠璃廠で購入した美しい硯です (12.5センチ×11センチ×2.4センチ)  中下 80年代に南京で購入しました (16センチ×10センチ×3センチ)   80年代に上海で気に入って購入しました (径15.5センチ×深さ2センチ) 円形墨池というべきかも知れません。このほか買い求めた新端渓硯が、息子のところに一面、亡父のところに一面あります。

右下の硯は石質があまりよくありません。普段に私がよく使うのは左の円形硯(墨を溜めるのに都合よく)と中下の南京で購入した硯です。右上の硯は墨を薄めるのによく使います。中国の硯としては、小型の蓋付墨池や筆、墨、文鎮などをセットした小型の緑硯がありますが端渓ではありません。プロの書家ではない私としては二〇年間によく集めた」ものです。硯の話しはこれでおしまいです。

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