こむうね

2009年6月12日 (金)

睡蓮が咲きました

4月植え付けした睡蓮2種のうち、小さいほうが、6月11日咲きました。

P6a P6b

2007年9月19日 (水)

HIROMITHI自画像

Photo 紙くずの中から出てきました。1954年3月と記入しています。つまり24歳のときの自画像です。

2006年9月16日 (土)

SETSUKOの画廊・27

Onnnatoyouzi013 油絵・30号。

本人の記憶では、震災前の作品で、放射能への恐怖をテーマにしたもの、ということです。

2006年8月 3日 (木)

SETSUKOの画廊/26

Odoruonnna010 油彩・50号・キャンパス。

十年ほど前の作品です。

2006年7月 2日 (日)

東巴文字の壁掛け

Tompab01 2001年夏、中国雲南省の麗江の土地で土産に貰った壁掛けである。そこは納西族(ナシゾク)という小数民族の地。東巴文字という独特の文字が残されている。象形文字の一種といえるだろう。この円い壁掛けは木製、直径17センチ。書かれているのは東巴文字である。文字の日本読みは「勇敢な男」であるらしい。雰囲気は出ている。

2006年5月 5日 (金)

エビネランの花が咲いた

06ebinwran011 大事にしていたエビネランの花が咲きました。もとは岡山の実家の、隣のタモッアンという人が山から採ってきて大事にしていたものを、もったいぶって私にくれたものです。くれた人はとっくに死んで、隣の家は、跡を継ぐひともなく、ずっと空家のままです。

2006年4月24日 (月)

若き日の肖像A

Hirodessan 1954年という記入がありますから、直原弘道24歳の顔ということになります。作者は久留島義忠という人。当時、この人とともに小松益喜という画家のアトリエでデッサンを楽しむサークルをつくっていました。旧い書類のなかから、ひよっこり出てきました。今は故人となった久留島義忠氏は「二十四の瞳」の女先生のモデルになったといわれる人で、晩年は共産党の兵庫県会議員も務め、「平和美術展」に出展するなど、終生主として油絵を書き続けました。

2006年4月22日 (土)

遅咲きの水仙

06suisen01 昨年秋に球根を植えた水仙が、他所の水仙が咲き始めるころになって、芽を出し、4月中頃になってやっと花をつけました。色違い、形違いがいろいろあって、これは予想外でした。馬酔木は日々散りこぼれていますが、梅の樹は、青葉の陰にイッパイ実を育てています。鉢植えのブルーベリーもたくさんの蕾をつけています、岡山原産のエビネランもが花枝を伸ばしてきています。キリシマツツジも咲きだしたし、テッセンの蔓も大分伸びてきています。

2006年3月12日 (日)

神戸の百人色紙展に

0603sikisi066 この4月19日から大丸神戸店で神戸まつり協賛神戸の百人色紙展がひらかれます。会期は25日(火)まで。私が出そうとしている作品を事前公開。

2006年3月 3日 (金)

3月3日は梅の節句?

直原家の白梅が程よく咲きました。3月3日に写しました。o6o3ume064

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